sweet誌面で映画や小説・漫画を毎号紹介している物書き・SYOさんが今月の推し映画を紹介する連載【ものかきSYOがスウィートガールに捧ぐ今月の推し映画】

 

vol.14の今回紹介する映画は、現在公開中で松村北斗と上白石萌音のW主演でも話題となっている『夜明けのすべて』。

瀬尾まいこの人気小説を『ケイコ 目を澄ませて』の三宅唱監督が映画化し、松村北斗と上白石萌音が共演した『夜明けのすべて』が、2月9日より大ヒット上映中。パニック障害とPMS(月経前症候群)を抱える同僚の山添くんと藤沢さんがお互いに支え合う姿をとびきり優しい目線で描いた傑作だ。

ただ、本作の概要を聞いたときに「また泣かせにかかる闘病ものなの?」と思う方もいるだろう。当然ながら闘病ものや余命ものの名作は数多くあるし、一概に“悪”というわけではもちろんない。ただ、当事者の苦しみに寄り添わず、非当事者の“感動”の道具に使われてきた歴史もそこにはあるため、時代の価値観的にも忌避の感情が働くのは十分に理解できる。僕自身も、仕事上国内外の映画を観るなかで――居心地の悪さを感じてしまうのは確かだ。

だがこと『夜明けのすべて』においては――大枠では「闘病もの」ではあるだろうが、鼻白んでしまう過度な演出はまるで感じられない。山添くんと藤沢さんだけでなく、2人と関わる人々から本作を観ている一人ひとりに至るまで、包み込もうとするような“敬意”に溢れている。PMSのせいで月に1度イライラが抑えられなくなり、周囲にあたってしまう藤沢さんは、周囲を巻き込んでしまった責任を感じて入ったばかりの会社を辞職する。山添くんはパニック障害になって電車に乗ることも美容院や外食も行けなくなってしまい(発作が起きるのだ)、以前のような生活は送れなくなる。2人のつらさを想像すると苦しくはなるが、この映画ではそれ以上に「寄り添うことの美しさ」を再認識させてくれる。

山添くんと藤沢さんが行きついた栗田科学のメンバーは、みんなとてもとても優しい。藤沢さんに症状が出ても、山添くんに発作が出てもスッと介抱してくれて必要以上に詮索もせず、心地いい距離感でいてくれる。そしてかれら自身もまた、家族が亡くなってしまった過去等々、様々な喪失を抱えている。そんななかで、山添くんと藤沢さんもまた、「自分の身体はどうにもならないけど相手の役には立てるはず」とささやかな行動を起こしていく。そうした“共助”の姿が、なんとも素敵だ。

ただ、本作が「傷ついた人たち“だけ”が支え合う」物語かというとそれも違う。藤沢さんをサポートする転職エージェントや出入りの宅配業者、山添くんの元上司――みんなが当たり前のように、他者とのかかわりの中で飾らない隣人愛を発揮しているのだ。例えば僕はいまこの原稿をカフェで書いているが、隣の席の人がハンカチを落としたりしたら何も考えずに拾って渡すだろう。「よし、親切をしてやろう」なんて思考が訪れる前に、ある種反射で行動を起こしている。そしてそれは特別なことではない。そんな空気が、『夜明けのすべて』には全編にわたって流れている。

迷惑をかけた次の日にお詫びのお菓子を持っていったら「気にしなくていい。“決まり”になっちゃうから」と言ってくれる同僚。「コンビニ行きますけど何かいります?」という何気ない会話の温かさ。ダブル主演を務めた松村北斗と上白石萌音の自然な演技や三宅監督の演出・和田清人との共同脚本が素晴らしいのは言うまでもないのだが、そうしたテクニカルな部分への意識がなくなってしまうくらい「人」も「言葉」も溶け込んで、生きている。この世界の善意に光を当てた『夜明けのすべて』はきっと、観る者の明日をそっと照らしてくれるはずだ。

夜明けのすべて

story:PMS(月経前症候群)のせいで月に1度イライラを抑えられなくなる藤沢さんは、会社の同僚・山添くんのある行動がきっかけで怒りを爆発させてしまう。転職してきたばかりなのにやる気がなさそうに見える山添くんだったが、そんな彼もまた、パニック障害を抱え生きがいも気力も失っていた。職場の人たちの理解に支えられながら過ごす中で、藤沢さんと山添くんの間には、恋人でも友達でもない同志のような特別な感情が芽生えはじめる。やがて2人は、自分の症状は改善されなくても相手を助けることはできるのではないかと考えるようになる。

出演:松村北斗 上白石萌音

渋川清彦、芋生悠、藤間爽子、久保田磨希、足立智充、りょう、光石研

配給・宣伝:バンダイナムコフィルムワークス=アスミック・エース

©瀬尾まいこ/2024「夜明けのすべて」製作委員会