sweet誌面で映画や小説・漫画を毎号紹介している物書き・SYOさんが今月の推し映画を紹介する連載【ものかきSYOがスウィートガールに捧ぐ今月の推し映画】

 

vol.4の今回紹介する推し映画は、アイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すずといった豪華メンバーが集結し話題になっている『キリエのうた』をお届けします。

岩井俊二監督の作品を何かしらご覧になったことはあるだろうか?

『Love Letter』『リリイ・シュシュのすべて』『リップヴァンウィンクルの花嫁』『ラストレター』――常緑を示す「エバーグリーン」という言葉があるが、彼の作品には時を経ても劣化・風化しない命が宿っているように感じる。

端的にいえば、いつまでも繊細で、美しくて、みずみずしいのだ。

その岩井監督の新作『キリエのうた』が、10月13日(金)より劇場公開。

今回はアイナ・ジ・エンド、松村北斗、黒木華、広瀬すずといった面々と共に、歌うことでしか声を出せないミュージシャンと彼女に関わる人物たちの13年間を切なくドラマティックに描いていく。

約3時間もの大作であり、“長さ”という意味では気軽にチャレンジできないかもしれないが、言葉を選ばずに言ってしまうとこの映画「ずっとエモい」。

スッと心に染み入るような心地よい温度や空気、テンポ感がどこまでも続いていき、清らかな世界観の中で出会いと別れ、痛みと救いが哀切につづられていく。

そこにアイナ・ジ・エンドの鳥肌ものの歌唱が詰め込まれていて(本作のために6曲もの新曲を制作!)、初観賞時は彼女が歌うたびに涙が出てきてしまった。

いわゆる「3時間」のヘビーさはこの映画においては漂っておらず、自分の肌感としては「劇場から出てきたらそれだけの実時間が経過していた」というようなものだった。

「いいものを観た……」という高揚感と、「もう会えないんだな」という寂寥感――豊かな余韻に包まれて、しばらく現実に帰ってこられなかったことを覚えている。

ここまで読んでくださったスウィートガールの皆さんは「じゃあ中身は具体的にどんな話なの?」「どういう部分に感動したの?」とお思いになるかもしれない。自分もパッと答えられればいいのだが、これがなんとも難しい。

先の文章と一部繰り返しにはなるが、『キリエのうた』の概要を語ると――石巻、大阪、帯広、東京を舞台に、歌うことでしか声が出せない路上ミュージシャン・キリエ(アイナ・ジ・エンド)、姿を消したフィアンセを捜し続ける青年・夏彦(松村北斗)、傷ついた人々に寄り添う教師・フミ(黒木華)、過去を捨て、名前を捨て、キリエのマネージャーを買って出る謎めいた女性・イッコ(広瀬すず)の過去と現在が交錯していく物語――となる。

ただ、こうした筋を追っていこうと思って観ていても、言語野を感情が追い越してしまう。

先に涙が出てからその理由を考えるような、本能や心といったものが“反応”してしまう体験を『キリエのうた』という作品は呼び起こすのだ。世に多くの映画があれど、観る者をそこまでの状態にしてしまうものは多くはない。

しかし、本作は言語化を拒むような、曖昧で難解な映画ともまた違う。

登場人物が必死に生きていく姿にはストレートに心が震わされるし、映像美にはシンプルに見とれてしまう。人を信じる危うさも尊さも共感できるものだし、「震災」というテーマにも真摯に向き合っている。

出演陣の魂を削るような切実な演技も素晴らしい。きっと、映画を観た際に感動したポイント、その理由を説明することは可能なはずだ。

ただそのうえで、少なくとも僕は「言葉に出来ない」というより「言葉にしたくない」と思ってしまった。

言葉にした瞬間に失われてしまいそうな脆くて淡い“何か”が、そのままの状態で私たちの心に届けられていると感じたからだ。だから、いまはまだ言葉に落とし込まず、それらを抱きしめていたい。いつかその一つひとつに、自分の中でしっくりくる言葉たちが与えられたり宿ったりしていくはずだから――。

そうした豊かな時間を提供してくれる映画、そして映画にはそうした効能があるということを、ぜひ本作を介して体感していただきたい。

『キリエのうた』

©C2023 Kyrie Film Band

story:石巻、大阪、帯広、東京を舞台に、歌うことでしか“声”を出せない住所不定の路上ミュージシャン・キリエ、行方のわからなくなった婚約者を捜す青年・夏彦、傷ついた人々に寄り添う小学校教師・フミ、過去と名前を捨ててキリエのマネージャーとなる謎めいた女性・イッコら、降りかかる苦難に翻弄されながら出逢いと別れを繰り返す男女4人の13年間にわたる愛の物語を、切なくもドラマティックに描き出す。