sweet誌面で映画や小説・漫画を毎号紹介している物書き・SYOさんが今月の推し映画を紹介する連載【ものかきSYOがスウィートガールに捧ぐ今月の推し映画】

 

vol.3で紹介する推し映画はApple TV+で配信中のジョン・カーニー監督の新作『フローラとマックス』。

『ONCE ダブリンの街角で』『はじまりのうた』『シング・ストリート 未来へのうた』ほか音楽映画の名手として知られるジョン・カーニー監督の新作『フローラとマックス』が、Apple TV+で配信中だ。

17歳で息子を出産し、14年間育児に奮闘してきた女性を描く物語。劇場映画と異なり、配信作品は公開間際になって知ることも多く、本作の情報を聞いたときは「ジョン・カーニー監督の新作!? すぐ配信じゃん‼」と驚くと同時にテンションが上がった。

上に挙げた作品群や、Amazonオリジナルドラマ『モダン・ラブ 〜今日もNYの街角で〜』など、彼の作品がお好きな方は多いはず。キャラクターに生活感があって、等身大の悩みが丁寧に描かれて、それでいてどこかお洒落で――。

失恋した女性が音楽プロデューサーと出会い、立ち直っていく『はじまりのうた』、サエない少年がバンド活動にのめり込んでいく『シング・ストリート 未来へのうた』等々に流れる「共感できる心情描写」「前進していく姿を優しく見つめるドラマ」「楽曲の素晴らしさ」といった数々の特長が、『フローラとマックス』にもしっかり受け継がれている。

それだけで監督のファンにおいてはたまらないかと思うが、今回は「親子」という要素が加わる。

反抗期真っただ中の一人息子マックス(オレン・キンラン)との関係に悩むシングルマザーのフローラ(イヴ・ヒューソン)。「息子が非行を重ねて収監されないように熱中できるものを与えてあげなさい」というアドバイスを受け、ゴミ収集車で見つけたギターを修理して息子にプレゼントするが、拒否されてしまう。

そこで彼女はYouTubeで見つけたオンライン講師のジャック(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)にギターを習うことにする――。というのが序盤の展開なのだが、その後にフローラはマックスが音楽制作ソフト「GarageBand」で曲作りにハマっているのを知り、楽曲やMVを共作していく。

険悪でしかなかった母と息子が、音楽を介して打ち解けていく姿は何とも微笑ましく、優しくも感動的。少々ネタバレにはなるが、この展開から推測できるように、そしてジョン・カーニー監督の作品の常として――終盤に母子のライブシーンが用意されているのだが、わかっているのにやっぱり泣かされてしまうのは流石としか言いようがない。

その部分に絡んでくるのが、フローラの物語。17歳で母となった彼女は、自分の人生の大半を犠牲にして育児に明け暮れ、生活資金を稼ぐために子守等の仕事に奔走し、10年以上もダブリンの町から出られていない。

そのフローラが、ロサンゼルスに暮らすジャックと知り合ったことで「いつも怒ってばかり」な自分を変えよう、自分のために生きようと思い立つのだが――。

僕自身ももうすぐ3歳になる娘と生まれたばかりの息子がいるが、育児は生活も人生も激変させる。

自分に使える時間は激減し、フットワークは重くなり、ストレスを感じることはしょっちゅう。全くもって効率的ではないのだが、同時に娘や息子という“宝物”も加わり、この道を進んだからこそ出合えた感動も数え切れない。

『フローラとマックス』にも、そうした“親の心理”が見事に組み込まれていて、フローラとマックスが一緒に作り上げた楽曲「High Life」につながっていく。

作詞はフローラ、ラップパートをマックスが担当しているのだが、母と息子が互いの想いをぶつけ合う構成になっているのが上手い。初観賞時、音楽で表現される親→子、子→親の想いに自身を重ね合わせ、僕は大いに泣いてしまった。

グッドミュージック&グッドムービーの両方を味わえる爽快作『フローラとマックス』。きっと、疲弊した心を柔らかく包んでくれるはずだ。

『フローラとマックス』

story:反抗期に入った息子・マックスを女手一人で育てているシングルマザーのフローラ。マックスが誤った道を進んでしまうのではないかと心配する彼女は、ゴミ収集車で見つけたギターを彼に贈る。

現在、AppleTV+で独占配信中