sweet誌面で映画や小説・漫画を毎号紹介している物書き・SYOさんが今月の推し映画を紹介する連載【ものかきSYOがスウィートガールに捧ぐ今月の推し映画】

 

vol.5の今回は、朝井 リョウさんによる長編小説で話題となった『正欲』。稲垣吾郎さん、新垣結衣さんをはじめとする豪華キャストで話題となっている本作を紹介します。

「桐島、部活やめるってよ」「何者」の小説家・朝井リョウの人気小説の映画化、稲垣吾郎・新垣結衣・磯村勇斗らが出演、先日行われた第36回東京国際映画祭コンペティション部門観客賞&最優秀監督賞をW受賞――。11月10日に劇場公開を迎える映画『正欲』。スウィートガールの皆さんの中にも、「どんな映画なんだろう?」と気になっている方が多くいるのではないだろうか。

本作は、家庭環境や性的指向等々がそれぞれ異なる、別々の人生を生きる5人の群像劇だ。多くが人に打ち明けられない“欲”を抱えながら、ステレオタイプな「正常」「普通」のふりをして生きている。ただそれは痛みを伴う日々で――。という物語。息子の登校拒否に悩む検事、生きていたいと思えない青年、周囲に壁を作ってしまう女性等々、自分らしさを発揮できないことに苦しむ(言っても理解されないと感じているから)人物たちの心模様が丹念につづられていく。

予告編でも、

「自分がどういう人間か人に説明できなくて息ができなくなったことってありますか?」

「誰にもバレないように無事に死ぬために生きてる」

「性欲って、誰にとっても基本後ろめたいものだと思う。それでも、私たちが抱えてる欲望はあって良いものだと思いたい」

といった心にぐさりと刺さるセリフが多数収められており、劇中でも「生きづらさ」を映した心痛なシーンは多い(新境地を拓いた新垣ほか俳優陣の芝居がとかく素晴らしい!)。後半には衝撃的な展開もあり、なかなか一言では言い表せず、観賞後も「自分なら?」と考えてしまうような“頭から離れない”力作だ。

自分らしさを愛すること、つまりセルフラブは現代において重要な価値観のひとつだが、「自分らしさを周囲に分かってもらう」ことはなかなか難しい。軽い例でいえば、自分が好きな映画や小説、漫画に音楽の“愛するポイント”をみんながみんな同じように感じるわけではないし、「なんだか惹かれてしまう」「自分でもわからないが生理的に無理」なものを周囲にオープンにするかといえば、必ずしもそうとは言えないのではないか。

例えば自分は子どもの頃、プールのにおいが妙に好きだった。でもそれを家族に伝えたら心配されてしまい、「言ってはいけないことなのだ」と感じて封印した――という思い出がある。僕の場合はそれで日常生活や心の健康状態に支障が出るということはなかったが、「理解されないし言えない」割合がもっと多く、濃かったら、この世界は自分に向けたものではないと感じて苦しくて仕方ないだろう。そんなことを考えながら、自分と他者との断絶に似た“埋まらない溝”を感じたりもして、本作の観賞中は心がずっとざわついていた。感動もしていたし、共感もしていたし、でもわかりたくない部分もあって、なかなかない観賞体験だったことを覚えている。ただ一貫していたのは、「観てよかった」という想いだ。

「多様性」という言葉が社会に浸透して久しいが、その概念自体はまだまだ機能しているとは言い難いのではないか。自分と他者の違いを認めて、寛容であろうと思っていても、どうしても理解できない部分はあるし、たとえば行事や仕事がスムーズに回らなくなってしまう瞬間も出てくる。マジョリティに向けたシステムでここまで来てしまったからこそ、変えていくためには努力と忍耐、そして時間が必要だ。そうした渦中にあるいまだからこそ、この映画は強烈に刺さるように感じる。観た後にどんな想いを抱き、何を感じるか――そこに今現在の自分の社会におけるポジショニングが立ち現れる気がするのだ。何かと不安定な世の中だからこそ、自分の価値観を見つめ直すことはとても意義のあることだと感じる。

『正欲』
story:横浜に暮らす検事の寺井啓喜は、息子が不登校になり、教育方針を巡って妻と度々衝突している。広島のショッピングモールで販売員として働く桐生夏月は、実家暮らしで代わり映えのしない日々を繰り返している。ある日、中学のときに転校していった佐々木佳道が地元に戻ってきたことを知る。ダンスサークルに所属し、準ミスターに選ばれるほどの容姿を持つ諸橋大也。学園祭でダイバーシティをテーマにしたイベントで、大也が所属するダンスサークルの出演を計画した神戸八重子はそんな大也を気にしていた。
同じ地平で描き出される、家庭環境、性的指向、容姿     様々に異なる背景を持つこの5人。だが、少しずつ、彼らの関係は交差していく。
まったく共感できないかもしれない。驚愕を持って受け止めるかもしれない。もしくは、自身の姿を重ね合わせるかもしれない。それでも、誰ともつながれない、だからこそ誰かとつながりたい、とつながり合うことを希求する彼らのストーリーは、どうしたって降りられないこの世界で、生き延びるために大切なものを、強い衝撃や深い感動とともに提示する。いま、この時代にこそ必要とされる、心を激しく揺り動かす、痛烈な衝撃作が生まれた。     もう、観る前の自分には戻れない。

©2021 朝井リョウ/新潮社  ©2023「正欲」製作委員会