sweet誌面で映画や小説・漫画を毎号紹介している物書き・SYOさんが今月の推し映画を紹介する連載【ものかきSYOがスウィートガールに捧ぐ今月の推し映画】

 

vol.8で紹介する映画は、2023年12月1日(金)より公開中の『ポッド・ジェネレーション』。主演は世界的人気なドラマシリーズ「ゲーム・オブ・スローンズ」でエミー賞4度ノミネート経験のあるエミリア・クラークが務め、製作総指揮としても参加したことでも話題となっている。

“今こそ見るべき映画”作品の『ポッド・ジェネレーション』ご紹介します。

荒唐無稽なSF作品も面白いが、個人的には現実/現在を拡張させたようなSF作品により惹かれる。人間とAIの恋を描く『her/世界でひとつの彼女』や人間そっくりのAIロボットを家族とする『アフター・ヤン』、死期が近い夫が妻を悲しませないために秘密裏にクローンを作ろうとする『スワン・ソング』、死後にデジタル空間でセカンドライフを過ごすドラマ『アップロード ~デジタルなあの世へようこそ~』等々――僕の趣味は国内外の新作の予告編漁りなのだが、自分が「おっ」と気になるいちジャンルとして確立されている感がある。

 

そのセンサーに引っかかった映画『ポッド・ジェネレーション』(12月1日より劇場公開中)が大層面白かったので、スウィートガールの皆さんにもぜひ紹介したい。『ゲーム・オブ・スローンズ』のエミリア・クラークが主演・プロデュースを務めた本作は、人工子宮=ポッドの開発が進み、妊娠・出産をポッドに肩代わりさせられるようになった世界のお話。利用者のカップルが直面する心理の変化を、ユーモアを織り交ぜながら描いていく。ソフィー・バーセス監督が妊娠中に考えていたアイデアを基に、様々な妊娠・出産経験者、或いはこの先にその可能性がある人々等々の意見を反映して出来上がった本作は、設定の面白さはもちろんのこと“実感”が随所に込められていて現実の拡張――その解像度が非常に高い。

 

たとえば、サービスの浸透具合。まだローンチして日が浅く、利用料が高額のためユーザーがそこまでいないという状況設定が上手い。主人公のハイテク企業社員レイチェル(エミリア・クラーク)は最新テクノロジーに心惹かれ、会社が頭金を負担してくれることもありサービスを利用する。しかし、植物学者のパートナー、アルヴィー(キウェテル・イジョフォー)は当初は拒否反応を示してしまう。「自然の摂理に反している」というわけだ。実際、劇中ではこのサービスに反対デモを起こすフェミニストたちも登場するし、利用したいけど高額でそれができない女性たちがいる――という意味での経済的格差も描かれる。

 

金額面や利用率等々、観る側が「実際にこんなサービスが始まったら自分はどうする?」と明確にイメージができるような気配りが突出しており、ポッドの細かい設定も先に述べた“実感”が凄まじい。ポッド内の胎児に与える栄養カートリッジや、仮に電源供給ができなくなった場合に内蔵電池がどれくらいもつか(社内での充電スポット等の描写も)、持ち歩く用の抱っこ紐も登場し、具体のオンパレードに僕自身も「便利だけどこの金額を払えるのかな、子どもに与えるリスクはどれくらいだろうか」なんて真剣にシミュレーションを始めていた。劇中では出産後の“アフターケア”についても描かれ、様々な近未来的な教育プログラムが登場する。保育園や幼稚園等の“教育”にテクノロジーをふんだんに盛り込んだ社会が描かれるのだ。

 

そして、「そもそもなぜこのサービスに対するニーズがあるのか?」の部分。妊娠・出産は女性にとって相当負担を強いるものであることは言うまでもない。仕事にフルマックスで費やすことはできなくなるし、周りのサポートなしには乗り越えられないことも多数。それでいて、出産した瞬間に「育児」という新たな試練が始まる。出産後で身体はボロボロなのに2時間ごとに来る“夜泣き”に対応せねばならず、理不尽なことばかりだ。もちろん我が子の可愛さでカバーできる部分は多少なりともあるだろうが、現実問題としてハードモードすぎる。これは2児の父として、僕自身も常日頃から感じていること。妊娠・出産・育児で各々の人生は激変する。そしてそれは、実際に飛び込んでみるまでわからない。想像以上にきつい想いもするし、驚くほどの幸福感も得られる。ただ今まで通り仕事をすることは不可能だ。そんななかで、妊娠・出産・育児(の一部)を機械に任せられるのであれば利用してみようかな……と揺れる気持ちは痛いほどわかる。

 

これは愛読している漫画「リエゾン-こどものこころ診療所―」でも言及されていることだが、人間の子どもは誰かの助けがないと生きられない状態で生まれてくる。「もうちょっと完成度を上げてから出てきてくれれば……」なんて、何度思ったことだろう。上の娘は先日3歳になったばかりだが、ようやく会話もある程度スムーズにできるようになり体調を崩すことも減り、さっきも「毎日パパ好き」と言ってくれてニヤニヤしてしまったが、ここに至るまでが本当に大変だった……何度も心が壊れかけた……。でもウチは手がかからない方だということも重々理解はしていて、だからこそ『ポッド・ジェネレーション』で描かれる人工子宮の妊娠・出産に対して「あったら“変わる”な」と強く感じた次第。

 

ただ本作が秀逸なのは、決してユートピア的にこのサービスを描いていないという部分。確かに滅茶苦茶便利だし、妊娠期間も変わらず仕事に集中できるのだが、同時に「親心がなかなか芽生えにくい」という問題も持ち上がる。出産日が近づいてくるという実感はあれど、心身のリスクを払っていないため、命を預かるのがどういうことかという感覚の発達がスローなのだ(その問題をどうクリアしていくかは個々人の問題でもあり、企業はそこまではサポートしてくれない)。それゆえにレイチェルとアルヴィーのスタンスや精神はずっと不安定(というか未熟)だし、突拍子もない行動にも出てしまう。いち父親としては「はぁ!?」と感じるようなものなのだが、そうなってしまう由縁が考え抜かれていて実にリアル。画期的なサービスが始まった際の功罪をきちんと描いてくれているのが嬉しい。

 

デザイン性が抜群に高く、お洒落で、近未来の妊娠・出産を実感を込めて描いてくれる『ポッド・ジェネレーション』。最高のシミュレーション映画として、「観ている最中/観終えた後に自分は何を感じるか」も含めて“利用”してみてほしい。

ポッド・ジェネレーション

story:AIが発達し、かつてないほど便利な暮らしになった近未来のニューヨークで暮らすレイチェルとアルヴィー。テック系大企業のペガサス社は、妊娠の負担を分散すべく、持ち運び可能な卵型の《ポッド》を使った気軽な妊娠を提案する。新進気鋭ハイテク企業の重役として勤務するレイチェルは、新しい妊娠方法に心惹かれ、子宮センターの予約をする。一方、自然界の多様性を守ろうと日々奮闘している植物学者のアルヴィーは自然な妊娠を望む。対立した考えを持つ二人は、《ポッド妊娠中》のレイチェルの上司アリスに相談したり、レイチェルの“AIセラピスト”を尋ねたりし、対話を重ねる。そんななか、アルヴィーは、レイチェルへの愛に突き動かされ一歩踏み出す覚悟を決めた。こうしてレイチェルとアルヴィーは、出産までの10ヶ月の間、《ポッド》で赤ちゃんを育てることを選択した−。果たして、彼らにはどのような“新しい未来”が待ち受けているのか−?

© 2023 YZE – SCOPE PICTURES – POD GENERATION