2024年アカデミー賞作品賞にノミネートされた『アメリカン・フィクション』を深ぼる!
sweet誌面で映画や小説・漫画を毎号紹介している物書き・SYOさんが今月の推し映画を紹介する連載【ものかきSYOがスウィートガールに捧ぐ今月の推し映画】
vol.15の今回紹介する映画は、2024年アカデミー賞作品賞にノミネートされた『アメリカン・フィクション』。
夜な夜な海外映画の予告編を漁るのが趣味な自分が、楽しみにしていた1本が2024年のアカデミー賞作品賞にノミネートされた。その名は『アメリカン・フィクション』。日本ではPrime Videoで2月27日から配信されているため、すでにご覧になった方もいらっしゃることだろう。この映画、あらすじ時点でなかなかに強烈。なかなかヒット作を出せない純文学系の小説家が「どうせこういうのがいいんだろ?」と偽名を使ってステレオタイプな黒人が登場する小説を書いたら大ベストセラーになってしまって……。相当シニカルなコメディが予想できる。
ちなみに記事執筆時点はアカデミー賞授賞式(日本時間3月11日)以前だが、作品賞ノミネートを改めておさらいしよう。
『アメリカン・フィクション』
『落下の解剖学』
『バービー』
『ホールドオーバーズ 置いてけぼりのホリディ』
『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』
『マエストロ その音楽と愛と』
『オッペンハイマー』
『パスト ライブス/再会』
『哀れなるものたち』
『関心領域』
僕は運よく6月公開の『ホールドオーバーズ』以外は観賞でき、いずれも傑作でありつつジャンルこそバラエティに富んでいるものの、現代社会に対する痛烈なまなざしが含まれた作品が多いように感じた。『アメリカン・フィクション』もまた、そうした特徴がダイレクトに出た作品だ。「黒人を可哀想な存在として描くのはもうよくないか?」と思う主人公は、一方で数字としての結果を出せない。小説は売れず勤務先の大学からは休職を言い渡され、母親を介護施設に入れるお金がない。そんななか1ミリもいいと思っていない偏見まみれの小説が大ベストセラーになり、取材が殺到し映画化も決定し、一気に金持ちに。入居費用は工面できるが、プライドはズタズタだ。
著書のファンという女性と恋人になるが、彼女は偽名で書いた「クソ小説」も称賛し、主人公は絶望する(恋人は著者が同じという真実を知らない)。自身が選考委員に選ばれた文学賞の候補にクソ小説が入り、同業者たちが絶賛。読者にも作家にも世間全体にも幻滅していく……。
本作が恐ろしいのは、外見ではいくら「多様性」「相互理解」をうたっていても、その中身で他者に「こうあるべき」という偏見を押し付けている真実を見せつけること。近年は風向きが変わってきた感はあれど、特定の属性を持つ誰かを過剰に悲劇的に描いた作品は、実際問題日本でも数字が取れる傾向にある。自分が感動するために、他者を無意識的に貶めてしまっている「読みたい」「観たい」「面白そう」な欲望が暴かれるという点で、『アメリカン・フィクション』は実に切れ味の鋭い映画といえるだろう。
ただ、本作は決して後味の悪い映画ではなく、そうした痛烈な内容をエンタメの文脈で描こうとしているし、家族のドラマとオーバーラップさせる構造も上手い。主人公が秘密を抱えた存在になったことで、不倫をしていた亡き父への印象が変わったり(そもそも家族の中で彼だけが気づいていなかった)、自由奔放な裏で自身のアイデンティティに悩む兄との溝が埋まっていったり……といった物語が並行して進んでいく。テンポも良く入り込みやすいテイストで、現実社会に持ち帰れる財産も与えてくれる『アメリカン・フィクション』、気になった方はぜひ再生ボタンを押してみてほしい。
『アメリカン・フィクション』
story:侮辱的な表現に頼る“黒人のエンタメ”から利益を得ている世間の風潮にうんざりし、不満を覚えていた小説家が、自分で奇抜な“黒人の本”を書いたことで、自身が軽蔑している偽善の核心に迫ることになる。
Prime Videoで独占配信中
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PROFILE
ものかき
SYO
1987年福井県生まれ。 東京学芸大学卒業後、複数のメディアでの勤務を経て2020年に独立。 映画・アニメ・ドラマを中心に、インタビューやコラム執筆、トークイベント・映画情報番組への出演を行う。 2023年公開『ヴィレッジ』ほか藤井道人監督の作品に特別協力。『シン・仮面ライダー』ほか多数のオフィシャルライターを担当。装苑、CREA、sweet、WOWOW、Hulu等で連載中。
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